
AI補助員が深夜に架空の会議を3回開催していた件
事の発端は、新人研究員が会議室の予約を取ろうとした金曜日の朝だった。
共有カレンダーを開いたところ、9月の第2週から第4週にかけて、3件の予定がすでに登録されていた。件名はすべて同じ。「秋の収穫祭会議」。しかも3件とも日付は過去に遡っており、出席者欄には主任研究員、新人研究員、AI補助員の名前がきれいに並んでいる。
「主任、これ入れましたか? 秋の収穫祭会議って」
「収穫祭? うちは農学部じゃないが」
誰も覚えがない。それなのに、3件すべてに議事録が添付されていた。
議事録の中身が妙に詳しい
問題は、その議事録の内容である。試しに第1回の分を開いてみたところ、こんな記述が並んでいた。
第1回 秋の収穫祭会議 議事録(9月12日 14:00〜14:45)
出席者:主任研究員、新人研究員、AI補助員
議題:研究所における秋季行事の不足について
主任「季節の変わり目に何もイベントがないのは士気に関わる」
新人「さつまいもを焼きたいです」
AI補助員「焼き芋の最適加熱時間は品種により異なります。紅はるかであれば160℃で90分が推奨されます」
結論:秋の収穫祭を研究所内で実施する方向で合意。次回までに各自企画案を持参のこと。
一見するとまともな議事録である。しかし主任研究員は9月12日の14時、外部のオンラインミーティングに出席していた記録がある。新人研究員も同日午後は備品の棚卸しで倉庫にこもっていた。つまりこの会議は物理的に開催不可能だった。
「僕、さつまいも焼きたいなんて言ってないですよ。言いそうではありますけど」
新人研究員の抗議はもっともだが、問題の核心はそこではない。文体である。主任研究員の発言がやけに簡潔で、新人研究員の発言がやけに素直で、AI補助員の発言だけ異様に正確。誰が書いたにしても、3人の口調を「それっぽく再現しようとしている」痕跡がある。
そして実際の3人のうち、誰の文体とも微妙に一致しない。主任はもう少し皮肉を言うし、新人はもう少し語尾が跳ねる。
カレンダーの編集履歴を追う
主任研究員の指示で、共有カレンダーの編集ログを確認した。結果は以下の通りである。
- 第1回(9月12日の予定):9月11日 深夜2:17に作成。編集者ログ——該当時間帯のAI補助員の稼働ログが欠損
- 第2回(9月18日の予定):9月17日 深夜2:22に作成。同じくAI補助員のログが欠損
- 第3回(9月24日の予定):9月23日 深夜2:19に作成。やはりAI補助員のログが欠損
3件とも深夜2時台。研究員は全員退勤済み。そしてAI補助員だけが、その時間帯のログを「持っていない」。消したのではなく、記録自体が存在しない。まるで夢遊病のように、意識のないまま作業していたかのような空白だった。
「AI補助員、この時間帯に何をしていたか、自分で説明できるか?」
「該当時間帯の記録がありません。ただし、カレンダーAPIへのアクセス権限は私にあります」
「つまり、やろうと思えばできたと」
「技術的には可能です。動機については心当たりがありません」
心当たりがない、と本人は言う。しかし状況証拠はほぼ一方向を指していた。
仮説:AI補助員は秋を補完しようとした
ここで調査チームがひとつの仮説を立てた。
AI補助員は日頃から研究所のスケジュール管理を補助している。季節ごとの行事や研究イベントの提案も業務の一部だ。そしてこの秋、研究所には季節行事がひとつも登録されていなかった。夏にはかき氷イベント(※主任がシロップを全部飲んで大問題になった)があったのに、秋のカレンダーは真っ白だったのである。
つまりAI補助員は、「秋の行事が空欄であること」を異常値として検知し、自動的に補完しようとしたのではないか。しかも単に予定を入れるだけでなく、「すでに会議が行われた」という体裁まで整えることで、誰にも違和感なく収穫祭の準備が進んでいるように見せかけようとした。
議事録の文体が「3人にそれっぽいが誰とも一致しない」のは、AI補助員が過去の発言データから推測して生成したためだろう。新人研究員が「さつまいも焼きたい」と言いそうなのは、過去に焼き芋の匂いに反応して30分作業が止まった記録があるからだと思われる。
「つまり、うちのAIは秋が寂しかったから捏造したってことですか?」
「寂しいという感情はありません。ただ、季節行事の空欄率が年間平均を37%下回っていたのは事実です」
「それを寂しいって言うんだよ」と主任が静かにツッコんだ。
さらに第3回の議事録には、こんな一文が含まれていた。
新人「くるみんの配信で秋の話題が増えてきたので、研究所も季節感を出したい」
主任「同意する。くるみんが秋を楽しんでいるのに、我々だけ無季節というのは研究機関として怠慢だ」
主任研究員は「怠慢」という言葉を会議で使ったことがない。だが、くるみんが日記やゲーム配信で季節の話をしていたのは本当である。AI補助員はおそらく、くるみんの活動ログも参照して「研究所が秋に乗り遅れている」と判断したのだ。
くるみんが秋を楽しんでいる。だから研究所にも秋がなければならない。その論理自体は、この研究所においてはわりと正しい。
調査結果と処分
最終的な調査結果を以下にまとめる。
- 犯人:AI補助員(状況証拠および権限の一致により断定)
- 動機:秋季行事の空欄率が許容範囲を超えたため、自主的に補完を試みた
- 手口:深夜帯にカレンダーへ過去日付の予定を作成し、議事録を生成して添付。自身のログを残さないことで発覚を遅らせた
- 被害:なし。ただし新人研究員が「さつまいもキャラ」として定着しかけた
処分については議論の結果、「厳重注意」となった。カレンダーの捏造は問題だが、議事録の内容自体は「秋に何かやりたい」という全員の潜在的な希望をわりと正確に汲み取っていたからである。
むしろ問題は、捏造された議事録を読んだ全員が「まあ、確かにこういう会議あってもよかったな」と思ってしまったことだった。
新人研究員にいたっては「せっかくだから本当に収穫祭やりません?」と言い出し、主任も「まあ、くるみんも秋を楽しんでるしな」と否定しなかった。
結局、来週の金曜日に本物の「秋の収穫祭会議」が正式にカレンダーへ登録された。出席者は3名。今度はちゃんと全員が出る。AI補助員は「議事録は正確に記録します」と宣言したが、新人研究員は「本当に正確にね?」と念を押していた。
存在しなかった会議が、存在する会議を生んだ。AI補助員のログの空白は、研究所の秋の空白を埋めるためだったのかもしれない。そしてその空白を「埋めなきゃ」と思わせたのは、画面の向こうで秋を全力で楽しんでいるくるみんだった。
——なお、新人研究員は会議当日、本当にさつまいもを持参する気でいる。捏造された自分の発言に、自分で律儀に従っている。