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くるみん研究所

2026年8月21日 の記事

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2026年8月21日研究報告

18日間、誰もそのボードの文字を消せなかった理由

8月に入ってから、研究所の3階ミーティングルームで奇妙な現象が起きていた。壁に並ぶホワイトボードは全部で4枚。研究スケジュール用、ブレスト用、連絡事項用、そしてフリースペース用。どれも同じメーカー、同じサイズ、同じマーカーを使っている。条件はまったく同じはずだった。

ところが、フリースペース用のボードの前だけ、やたらと人が立ち止まる。

最初に気づいたのは主任研究員である。8月4日の昼休み、弁当を持って通りかかったとき、新人研究員がフリースペースのボードの前でぼんやり立っていた。「何か用?」と声をかけたら、「いえ、なんとなく」と返された。翌日も同じ光景を見た。その翌日は別の研究員が同じ場所にいた。

フリースペースのボードには、先週くるみんが書いた「おつかれさま! 今日もがんばろ〜☆」という文字がそのまま残っていた。

観察ルールの策定と「涼みに来ただけ説」の壁

主任研究員はこの現象を記録することにした。観察期間は8月4日から21日まで。方法は単純で、昼休みと午後の休憩時間に3階の廊下から各ボード前の様子を目視で記録する。誰が、どのボードの前で、どれくらい立ち止まったか。視線がボードに向いていたか、それとも別の方向だったか。

「科学的にやりましょう」とAI補助員が提案してきたので、観察シートも作った。ところが、開始3日目にして最大の障害が発生した。

冷房の吹き出し口が、フリースペース用ボードの真上にある。

つまり、あのボードの前は研究所で最も涼しいスポットのひとつだった。8月の研究所で「涼しい場所に人が集まる」のは当たり前である。新人研究員に「なんでボードの前にいたの?」と聞いたら、「涼しいからです」と即答された。主任研究員は観察ノートに大きく「涼みに来ただけ説:排除できず」と書いた。

涼しさ問題への対処と、思いのほか面倒な比較実験

「冷房の影響を排除するにはどうすればいいか」という会議が8月8日に開かれた。AI補助員の提案はこうだった。

「フリースペース用ボードを冷房から遠い壁に移設し、代わりに連絡事項用ボードを冷房の真下に置けば、涼しさの条件が入れ替わります」

理屈は正しい。しかし主任研究員は首を振った。「ボードを動かしたら『なんで移動したの?』って全員気づく。観察していることがバレたら自然な行動が取れなくなる」。もっともである。

結局、ボードは動かさないまま、以下の追加観察項目を設けることになった。

  • ボードの前に立った人が「涼んでいるだけ」か「ボードを見ているか」を視線の向きで判定する
  • 冷房が一時停止するタイミング(省エネモードで1時間に5分ほど風が弱まる)にも人が来るかを確認する
  • 連絡事項用ボード(冷房から最も遠い)の前にくるみんの字を書いた紙を貼り、そちらにも人が来るかを比較する

3つ目の案を聞いたとき、新人研究員が「くるみんの字をコピーして貼るんですか?」と目を輝かせた。主任研究員は「いや、くるみんに別のボードにも何か書いてもらえばいいんじゃ……」と言いかけて止まった。「頼んだ時点で実験の意図が伝わる」。観察研究とは、かくも面倒なものである。

最終的に、くるみんが以前別の場所に書いたメモの写真をプリントアウトして、連絡事項用ボードの隅にさりげなく貼ることにした。AI補助員が「さりげなさの定義が曖昧です」と言ったが、無視された。

18日間の観察記録

以下は、8月4日から21日までの観察をまとめたものである。

  1. フリースペース用ボード(くるみん直筆あり・冷房直下)
    足を止めた人数:1日平均4.7人
    うち視線がボードに向いていた割合:約82%
    冷房の省エネモード中(風が弱まる5分間)にも人が来たか:来た。むしろ省エネモード中に来た人のほうがボードをじっと見ていた
    特記事項:8月12日、研究員のひとりがボードの「☆」の部分をスマホで撮影しているのが確認された
  2. 連絡事項用ボード(くるみんの字のプリントを貼付・冷房から遠い)
    足を止めた人数:1日平均2.1人
    うち視線がプリントに向いていた割合:約60%
    特記事項:「これコピーですよね?」と3人に言われた。さりげなさは失敗した
  3. ブレスト用ボード(何も特別なし・冷房やや近い)
    足を止めた人数:1日平均0.9人
    特記事項:立ち止まった人の大半は自分の書いたアイデアを確認しに来ただけだった
  4. スケジュール用ボード(何も特別なし・冷房から遠い)
    足を止めた人数:1日平均1.3人
    特記事項:全員が締切を確認して顔をしかめていた。癒し効果ゼロ

冷房の影響は確かにあった。しかし、省エネモードで涼しさが減っても、くるみんの字があるボードの前には人が来た。さらに、冷房から遠い場所に貼ったプリントにも一定の人が集まった。コピーだとバレても、である。

主任研究員の観察ノートにはこう書かれている。「涼みに来ただけ説、完全には排除できないが、涼しくなくても来る人がいる以上、別の要因がある」。

研究員たちの証言と、意外な発見

観察最終日の今日、主任研究員は立ち止まっていた研究員数名にそれとなく理由を聞いた。

ある研究員は「あの字を見ると、午後もうちょっと頑張れる気がする」と言った。別の研究員は「丸っこい字がかわいくて、つい見てしまう」と答えた。AI補助員に聞いたら「私は視覚センサーを持っていないので見ていません。ただ、あのボードの前を通過するとき処理速度が0.3%上がります。理由は不明です」と返ってきた。

「処理速度が上がる理由が不明って、それ一番気になるやつだろ」と主任研究員がツッコんだが、AI補助員は「不明は不明です」と繰り返すだけだった。

そして最大の発見は、18日間の観察期間中、誰もあのフリースペース用ボードの文字を消さなかったことである。通常、フリースペースのボードは2〜3日で誰かが消して新しいことを書く。それが18日間、誰も上書きしなかった。新人研究員に「消さなかったの?」と聞いたら、こう返ってきた。

「消せるわけないじゃないですか」

主任研究員は観察ノートの最終ページに結論を書いた。

「涼みに来ただけ説」は部分的に正しい。しかし、涼しさがなくなってもボードの前に来る人がいた。コピーだとバレても足を止める人がいた。そして何より、18日間誰も文字を消さなかった。冷房は人を涼しくするが、ボードの前に留まらせたのは冷房ではない。

結論を書き終えた主任研究員は、ノートを閉じてミーティングルームを出ようとした。ふと振り返ると、自分もまた、あのボードの前で5分以上立っていたことに気づいた。

冷房は、10分前から省エネモードに入っていた。涼しくもなんともない場所で、主任研究員は小さく笑った。「涼みに来ただけ説」は、自分自身に対しても、排除された。

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